1/150scale VINTAGE JAPAN 1905~1923

浅草十二階、通称「凌雲閣」
明治23年(1890年)建造。関東大震災(大正12年)で半倒壊し、工兵隊に爆破処理されました

全長52m。

明治後期~大正期の東京のランドマークです。

 

 

2010年8月28日撮影。

POST HOBBYの鉄道ディオラマコンテスト用に製作したものです。

 

1/150スケールで塔の高さは約35cm。

塔の入口改造後の明治38年(1905年)以降の姿をモデルにしました。

上の絵葉書と同じ構図になるよう、各建物を配置してイメージしてみました

 

凌雲閣の窓の製作過程を表しています。

津川洋行のレンガパターンシートにカッターでケガき、彫刻刀の平刀と丸刀でくり抜いていきます。窓の総数150をくり抜くのは大変な作業でした。彫刻刀を研ぐのも大変なので、100均で彫刻刀を大量に購入して、切れ味が悪くなったら替える、という方法をとりました。

窓枠はTPシートにカラーレーザープリンタで印刷したものです。


骨組みは削って微調整しやすいようにバルサ材を使用しました。

寸法は古写真から割り出しています。

やや太めになってしまいました。


 

 

凌雲閣は1~10階部分がレンガ造りで、11~12階は木造でした。

当初、日本初のエレベーターが設置されましたが、故障続きのため、すぐに撤去されたようです。

塔の上から飛び降りる人が多かったため、明治42年(1909年)以降は金網で覆われるようになります。

映画「浅草の灯」

1937年(昭和12年)12月2日公開の松竹映画。
浅草十二階がたびたび登場します。

凌雲閣の11階部分には売店があったようです。
この映画では、そのセットが再現されています。

壁には数々の写真が掲示されています。

11階部分から外に出たところ。
金網が張られています。

左:上原謙、右:夏川大二郎

11階部分内側。
螺旋階段のようですね。

現存する当時の貴重な動画としてたびたび紹介されるものです。
瓢箪池の噴水越しに見た凌雲閣のシーンです。

 

 

ジオコレ改造の薬局。

APOTHEKE(アポテキ)とは当時の薬局のことです。
「車谷薬局」は伊豆下田に実在した薬局で、川端康成の小説「伊豆の踊子」にも登場しています。

 

昭和初期の絵葉書「(南伊豆名勝)伊豆下田市街繁華なる大横町」より。

1929~1930年(昭和4~5年)ごろの風景です。
 「車谷薬局」は1936年(昭和11年)に廃業しました。

 

 

 

 

津村順天堂「中将湯」は中将姫がキャラクター

 

 

 

森下仁丹の通称「将軍」

でも軍人ではなく、じつは外交官のイメージ

VINTAGE JAPAN 1905~1923
VINTAGE JAPAN 1905~1923

本の表紙画像より看板作成

ジオコレ改造の「五十嵐写真館」。

モデルは小田原市に実在した写真館がプロトタイプです。
看板は、ケント紙に手書きしたものを、コンビニで縮小カラーコピーして作成しました。

カブトビール(加武登麦酒)琺瑯看板。

自働電話(最初の電話ボックス)。

小田原市立図書館発行「一枚の古い写真 小田原近代史の光と影」より

江戸東京博物館に展示されている「自働電話」電話ボックスの実物大レプリカ。

2012年9月17日撮影。

江戸東京博物館の巨大な凌雲閣模型
2012年9月17日撮影。

パンフレットを購入してガッカリ。

今更ながら、凌雲閣の詳細な図面が掲載されていました。

 

 

凌雲閣の本物のレンガだそうです。

VINTAGE JAPAN 1905~1923
VINTAGE JAPAN 1905~1923

GMのキット しもたや改造

乗合貸切自動車「本橋商会」
右の広告柱は明治大正期の薬「清心丹」

柱の先端にあるのはキャラクターの「人魚」です

 

清心丹看板(明治期)の図


茨城県那珂湊市平磯町に大正期に実在した「本橋商会」

茨城県ひたちなか市平磯町HPより

本橋商会の看板、面白いデザインだと思っていたら、東京瓦斯電気工業株式会社(TGE) 自動車部開業の広告そのままですね。
「日本自動車史 写真・資料集」より

これも同じくGMのキット しもたや改造

ジオコレの「パン屋」の陳列棚を利用してみました。

大正時代の東京にあった「義士焼」の店
味は大石、ねだんは安兵衛、あんはたっぷり討入り・・・

岩谷商会の「天狗煙草」の木製看板

村井兄弟商会の「ヒーロー」の看板

手前の車は、牛乳屋

GMのキット「蔵」より製作

明治期に京都にあった書店の看板を模写

国定教科書「六盛社」特約販売所
BOOK SELLER 書籍商 大阪梅原亀七 京都支店

 

手前の車は「塵芥車」で、当時のゴミ収集車。

「ヨソ六」風の二軸市電

東京電車鉄道(電鉄)、東京市街鉄道(街鉄)、東京電気鉄道(外濠線)が合併して東京鉄道が成立、その後、明治44年(1911年)東京市電となりました。

「ヨ」は四輪単車の意味

「ソ」は外濠線に所属していた車の意味

「六」は六枚窓の意味


側板はGMの東京都電キットの流用

妻板とダブルルーフの屋根はペーパー製

動力部はペアーハンズの伊香保電車より

ブリル21台車、保護網もペアーハンズ製

ダブルポールはメディアリンクス製

2匹の狛犬は、篆刻用の石を利用。

垂れ幕には

「日露戦争写真ジオラマ」

「大日本名所旧跡写真陳列」 と書かれています。

 

閣内美術品備付目録

ドイツ製万国一の大機械無比の音楽

東京百美人の写真

古代百美人の蜜画

日清戦争実況ジオラマ

日露戦争実況ジオラマ

塩大墺上陸地 奉天占領ジオラマ

米国シカゴ府万国大博覧会各地の景

台湾戦争及び膨湖島のジオラマ

大日本諸景

日本一高塔 凌雲閣

 

 

 

 

凌雲閣の入場料は、大人8銭、子供4銭でした。

「この証持参の人に限り割引で4銭」と書かれています。

しかし、「普通席」って何でしょうか?

日露戦争実写写真 大写真展覧会「大展覧会」陸軍省御許可

の看板は、元は米国製煙草(村井兄弟商会輸入)「オールド」の看板で、9代目市川団十郎の弁慶「勧進帳」の図でした。明治37年(1904年)より、煙草は専売制(官営)になったため、民間煙草は廃止され、「オールド」の看板も塗りつぶされ、各地で再利用されました。

 

 

 

明治時代の紙製丸看板

OLD GOLD

米国最良煙草「オールド」


絵葉書「第五回内国勧業博覧会記念 株式会社村井兄弟商会売店高塔」


塔の中央部に「オールド」の看板が描かれています。

 

絵葉書「弘前蓬莱橋ヨリ土手街通リヲ望ム」

 

部分拡大

「オールド」の看板が「中将湯」に。

 

 

絵葉書「(東京百景)淺草公園十二階」

 

「大展覧會」の看板には、「黒地に白文字バージョン」と「白地に黒文字バージョン」とがありました。

POSTHOBBY 第1回鉄道ジオラマコンテスト

金賞受賞

TRAIN MODELING MANUAL 06号(2010年3月)に掲載されました。

 

 

 

 

 

明治期・石版刷り
東京名所・浅草凌雲閣の図

大日本凌雲閣之圖(部分)

明治23年

 

 

絵葉書「(東京百景)淺草公園凌雲閣」

 

 

古写真「関東大震災で半倒壊した凌雲閣」

アルバム写真から
上:凌雲閣の基礎工事(中央後ろの建物は奥山閣)

下右:工事の足場を組んだ状態

下左:工兵隊による爆破の瞬間


参考文献


参考文献